サッカーJリーグ発展の基礎を作ったオリジナル10

日本にプロサッカーリーグが誕生したのは1992年。それまでは各チームとも企業傘下の実業団のサッカークラブとして活動していましたが、1992年にサッカーJリーグとしてプロリーグに移行すると、各クラブも法人化されチーム運営や集客システムなどはクラブごとで行なうことになりました。当初10クラブがJリーグに加盟し、1993年にこの10クラブによって日本初のサッカープロチーム・サッカーJリーグが開幕しました。日本のプロサッカーの歴史はここから始まり、現在のプロリーグ発展に大きな功績を残したことはゆるぎない事実です。この時の10クラブはオリジナル10と言われ、現在でも9クラブが活動を続けています。

海と空をイメージし、勝利に導く願いが込められたサムライブルー

サッカーJリーグが発足する前、加盟を希望するクラブにはいくつかの要件が示されました。中でもホームタウンの確立は、地域社会と一体になったクラブ運営をすることで、各地のサッカー環境を改善するものでした。また下部組織の運営は、将来のJリーガをクラブで育成し、サッカー人口の裾野を広げることを狙いとしました。準備段階では、こうした要件を満たす20のクラブチーム応募があり、最終的に10のクラブチームに絞られ、開幕を迎えることになったのです。

日本代表から世界のトップアスリートへ

オリジナル10と言われるクラブチームは、鹿島アントラーズ、ジェフユナイテッド市原、浦和レッドダイヤモンズ、ヴェルディ川崎、横浜マリノス、横浜フリューゲルス、清水エスパルス、名古屋グランパスエイト、ガンバ大阪、サンフレッチェ広島。1993年には5ヵ所のスタジアムで試合が繰り広げられ、サッカーJリーグ元年を祝いました。1999年には横浜フリューゲルスと横浜マリノスが統合され、横浜F・マリノスにチーム名も変更になりました。また、ヴェルディ川崎とジェフユナイテッド市原はホームタウンの変更により、それぞれ東京ヴェルディ、ジェフユナイテッド千葉と名称を変更しました。

オリジナル10が現在のサッカー人気を牽引

わずか10のクラブチームで始まったサッカーJリーグですが、海外有名選手の招致や事前の地域活動、大々的なPRにより全国から注目を集め、どの試合も満席状態。その後、ジュビロ磐田やセレッソ大阪などがJリーグに加盟し、現在はJ1からJ3に57のクラブチームがひしめく大所帯となっています。サッカーJリーグのみならず、サッカーワールドカップ、女子サッカーなど、サッカーへの関心も年を追うごとに高まり、全国にサッカーファンを醸成しています。そういう意味では最初にサッカーJリーグに加盟したオリジナル10が現在のサッカー人気を牽引してきたとも言えるでしょう。